長岡正利 の写真 |
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5月1〜3日は、小生実家の、福野町(現、南砺市)の「夜高祭り」です。
「夜高祭り」については、Web上の「ウィキペディア」に、詳しく載っております。(次URL)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E9%87%8E%E5%A4%9C%E9%AB%98%E7%A5%AD
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5月1日の夕暮れとなると、次第に町が賑やかになります。
「神明社」は伊勢神宮の分社で、昔は、子供心にも恐ろしいような杉の巨樹林でしたが、いつの間にかすっかりなくなってしまいました。
上記URLにある「町建て」はここから始められました。
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江戸初期に伊勢神宮から分霊を迎え創建された神明社

神明社の神事
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初日は、静かに更けていきます。
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最盛期・江戸期の「文久の大行燈」で、高さ12mのまま復元。今の街中には電線があるので、この駅前でしか動けません。
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お祭りの日のみ、福野は、「どこからこんなに人が?」の活況ですが、普段はこんな「シャッター通り」です。
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福野上町 福野浦町
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小生が小学生の頃からおなじみの、和菓子屋「朝山太陽堂」さんです。この「千代の梅」、今となっては貴重な、経木の容器を含めての全部が、昔からの手作りです。
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朝山太陽堂
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祭りの2日目。お酒も入って、夜更けとともに活況を呈し、夜11時頃から、「引き合い」と称するケンカが始まります。
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いよいよ、夜高行燈のすれ違いざまの「引き合い」(れ違いざまの壊しあいのケンカ)です。毎年、綺麗な行燈を作って、最後には壊し合い。それも思い切り壊れたほうが、神様が喜ばれるとか。
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深夜1時頃を廻って、ようやくに、行燈は町内に戻りますが、その頃には、こんなボロボロの状態で。
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お祭りの3日目ですが、これが本祭りです。
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神様(御神霊の神輿)と曳山の巡行が、同時並行的に行われます。今では、神輿は神職運転の車に乗って。
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この曳山、先にご紹介の高岡「御車山」にはとうてい及ばないものの、精緻華麗な彫刻などが見事です。明治から戦前まで、町も栄えていて、このような造り物が可能だったのでしょう。
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なお、小生の子供の頃には、夜高行燈に女性が参画するなど思いもよらなかったものですが、人口減の今は、女性も入らないとお祭りがうまく廻りません。
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