長岡正利 の写真 |
2013.5月 「井波八幡宮の春祭り(よいやさ祭り)」
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富山県西部の砺波平野、ここは散居村として地理学的に有名ですが、その一角に井波町(現在は南栃市井波町)があります。この町は、浄土真宗信仰の北陸の中心ともいわれる瑞泉寺の門前町です。
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昔ながらの、瑞泉寺門前のおまんじゅうと、さすが木彫の井波の店内
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5月3日の井波八幡宮の春祭り(通称「よいやさ祭り」)です。
<情報> 市の観光情報サイト 市の観光ガイド 井波八幡宮のHP
このお祭りは、県内でさえ、広く知られるような観光の対象とはなってので、福野「夜高祭り」とは違って、Webウィキペディアにもありません。どちらかと言えばちょっと野蛮な福野の祭りとは違って、典雅な雰囲気のお祭りです。なお、町の外から見に来られる観光客は、ほとんどありません。
お祭り前日(5月2日)の井波町。家ごとに祭りの幔幕が張られ始めて。
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井波は、瑞泉寺の門前町ですが、このお祭りは瑞泉寺の脇にある八幡宮の春祭り。
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神輿蔵にあった神輿が御旅所へ移されて、この後、御神霊を神輿に移って貰うための「宵祭り」に。
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朝日が差してくる6時半頃から、獅子舞が。獅子舞は神輿御旅所から始まって、午後までかけて、町内の氏子全戸を門附け。
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獅子舞が遠ざかる頃には神輿渡御(出立)の準備が整い、やがて、八幡宮から先触れのような祭りの列が。
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(写真の奥は改修が始まった瑞泉寺本堂大屋根。) |
早朝からの獅子舞の笛も遠く聞こえなくなって、八幡宮からの祭りの列が遠ざかる頃、3社(台)の大神輿の出立。
まず、瑞泉寺の門前まで行ったあと、順次に家々を。
(注:神輿を担ぐのは門口から次の門口までの短い時間で、門口では写真にある脚立のような物に乗せます。それでも時間とともに疲労が。)
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神輿が出立した御旅所には、このように結界が巡らされて、夕方の「中入り」を待つ。
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家々では、このように、在宅の家族が揃って、神様(神輿の御神霊)をお迎え。家それぞれに、趣向を凝らし、間口を開け放して。
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神様をお迎えする家々の門口のご紹介を。
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その間には、子供神輿(男子1台・女子2台)も加わって、いよいよ賑やかに。この後、午後までをかけて、氏子の家々を一軒づつ廻ります。ただし、大神輿は昔からの町内のみ。
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お神輿のほか、こんな庵屋台も。(これのみ昨年の撮影。)
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神輿が遠ざかった街中は、再び静かな普段に。
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八幡宮の祭りで、瑞泉寺のお祭りではないのですが、行ってみましたら、門前には屋台出店が。
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毎年7月にご開帳の太子堂。
小学生時代の記憶には、それはもの凄い人出で、門前にはサーカスの大テントも。
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太子堂
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街につづく高岡門。越中一向一揆の拠点となった名残の堅牢な石垣と、狭い門口。
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高岡門
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大門内側
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大門とその装飾
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大門と式台門 式台門

式台門の装飾
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大燈籠には文政5年金澤油屋さん寄進、天保15年の高岡鋳物師の刻銘が。
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その裏山は陽春。最後に、おいしそうなコゴミと、爽やかな香のクロモジ。
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話をよいやさ祭りもどすと、「中入り」には神輿6社が御旅所に集って、門前本通りを何度も「出戻し」。6時頃からは賑やかに八幡宮に「遷宮」(夕殿遷幸)となります。今年は、当日中に茨城つくばに戻る必要から、午後には井波を離れました。
夕方の賑やかな場面(および前日の宵祭り)の写真は、また来年のお楽しみに。
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