長岡正利 の写真

  2014.7月 チョゴルンマ氷河

 10年ぷりくらいの、パキスタン・カラコルムです。

チョゴルンマ氷河、最奥に見えるのがスパンティーク(7027m)

 今回行ったのは、チョゴルンマ氷河の上流端、スパンティーク登頂ベースキャンプ(BC)の、少し上あたりまで。

広島三朗原図 カラコルム広域(その一部)/「地球の歩き方」:旧版『バキスタン』より。


スイス山岳財団1990 Karakoram25万-その1/下3(一部)

 写真では地形の規模がよく判らないと思いますが、次の写真での小生足もと先の氷河面が、立っているところから2km先。新雪(今年の初夏までの)はまだ消えていません。この、チョゴルンマ氷河の先端(写真の前方)までが約25kmほどです。

チョゴルンマ氷河上部スパンティークBCにて


 行きのパキスタン航空機ですが、早めに機内へ入って、「しまった!乗る機を間違ったか?」(@@) パキスタンで、ベールなしの女性が笑顔で、というのは、10年前を考えれば、信じられない眺めでした。

行きのPIA機




行きのPIAイスラマ着

 驚いたのは、都市での若い女性(むろんイスラム教徒)のファッションは、もう頭髪を隠さない。もっとも、そのスカーフは首に掛けてはいます。同国最大のファイサルモスク内でもそうだったのには、本当に驚きました。

帰りに立ち寄ったファイサルモスク(イスラマバード)




都市の若い女性たち



 パキスタンは、日本での報道から想像される「テロで危険な国」。外務省の渡航自粛勧告を受けて、大手旅行社はツアーを出していない国です。 しかし、現地は大分違っておりまして、昔に較べれば、確実に、豊かなよい国になりつつあるように思われました。
 (念のためですが、地元の人に聞いても、一部には、引き続く混乱のために、行かない方がよい地区もあります。)

ファイサルモスクの入口と内部


 イスラマバードから、カラコルム登山の拠点であるスカルドゥへは、幸運にも、空路で向かいました。これまでの経験では、何故か、飛ぶのは10回に1回くらい。(帰りは陸路となった)

スカルドゥへは空路

 酷熱の首都から、沙漠のように強烈な日差しのスカルドゥ空港着。国内便でも、乗務員の装いは頭髪を隠さない。

スカルドゥの飛行場


スカルドゥ街中

 スカルドゥ街中。街を歩きながら、色々お話しなどしていると親しくなって、皆様、仲々に笑顔が綺麗な、素晴らしい人たちでした。




















 トラックはパキスタン特有の満艦飾です。これがないと、「トラック」とは言わないのです。つまり、このデコレーションがないと、荷主さんは荷物を託さないのです。

パキスタン特有の満艦飾

スカルドゥ(最初の写真と同じ場所)の夕暮れ。沙漠の街なので夕暮れは砂が舞う。

砂塵舞うスカルドゥ

 翌朝は再びの快晴。空路で1日アキがでたので、シガール村見学へ。次の写真、左の岩山左端中央に見える細い線状が、帰路写真で紹介するカルポチョ古城の城壁。

 スカルドゥ盆地中央にはインダス川

 道路は格段に良くなって、山間部の渓谷地帯でのインダス川沿いでは、橋は滅多になかった(鋼索で篭の渡し)ものが、かなり各地に。10年前に一帯では唯一だった車道橋は朽ちて、左に2車線橋(撮影禁止)。 橋を渡ればインダス河床の堆積砂丘地帯

かつての車道橋                           インダス川の堆積砂  .


薄紫色アザミのような花

 昨年公開の映画『草原の椅子』のロケ地。映画よりも、この現実風景の方が遙かに立派な沙漠に見える由。
http://sougennoisu.jp/index.html

沙漠から峠越えでシガール川へ                緑豊かなオアシス・シガール村

 このシガール村のほか、スカルドゥ、フンザ、ナガールなどは、かっての藩王国で、それぞれに、このような城塞があった。

シガール村の城塞

 この地の古い大きな建物は、木骨石造。乾燥地なので、ヤナギの木骨ながらも、今も強靱。 日本の富岡製糸場は木骨煉瓦造りです。



シガール村の人々















 インダス川の支流シガール川に沿った車道を奥へ。山の斜面の緑の境界が横一線なのは、ここに、氷河の沢から水を引く水路があるため。その水路が壊れれば、集落も農地も、存立できないのです。

アランドゥ村途上の風景

 アランドゥ村からはテント生活となる。ここからはケーバルピークがよく見える。チョゴルンマ氷河の先端はまるで砂利山のような。ここにポーターに応募する人たちが大勢集まってきた。

夜明けのケーパルピーク                   ポーターに応募の人たち





 アランドゥ村の背後には、カルフォロリン(山)とカルフォロガン(氷河)が迫る。砂利山のように見えるのは、氷河のモレーン(側堆石)

村背後に迫るカルフォロリン(山)とカルフォロガン(氷河)


アランドゥ村の娘たち




 驚いたのは、学校が増えていること。同じ村に公立の小学校と私立校もあった。

アランドゥ村公立小


アランドゥ村公立小 。こども達の中央は、派遣されてきたずいぶん若い先生


アランドゥ村私立小。どちらの学校にも、それぞれの制服が


 その地は、すぐ先から氷河の始まる、小さな村。昔から観光で有名なフンザには、日本人が資金を出した私立校もあるのですが、ここは、いかにも貧しそうな寒村








 しかし、有能な現地ガイド・Rhemat Aliさん(最末尾に写真あり)、「山の人の服装を見て貧しいと思ってはならない。みんなかなりの金持ちで、放牧関係がかなりの現金収入となっている。」「来月のラマダン(断食月)明けには、かなりの牛羊が都会へ出荷される。」




 アランドゥ村取水路。氷河の雪解け激流から取水した水(懸濁の雲母片で白濁)が、村の生活用水と潅漑用水に使われる。

アランドゥ村取水口と水路


 チョゴルンマ氷河はアランドゥ村の先から始まる。上流から眺めると、中央の砂利に覆われているのが氷河末端で、その前方、森の先がアランドゥ村。

チョゴルンマ氷河の末端部

夏のカラコルムは、酷乾・酷暑の山岳沙漠ですので、山の花もたくさんはありません。それでも、氷河脇のモレーン(側堆石列)と山腹の間(アプレーションバレー)を歩いておりますと、放牧地になっていたり、水が流れていて、結構花も咲いておりました。

エゾルリソウの仲間?

 今の時期、一番綺麗なのはハマナスのようなバラで、至る所で群生。ほか、日本の山で見るような花もかなり。

カラコルムのバラ


 氷河の上に Spantik の威容が


Spantik山頂左の雪稜にC3、左の急斜面下にC2


村からは最奥に見えたケーパルピークは、今や横方に

 氷河脇の放牧地には、チベットのヤクと平野の牛の混血、ゾウ(Dzo)が遊ぶ。前方の土堤状がモレーンで、その先(下)に巾2〜3kmの氷河本流がある。

モレーンの下で遊ぶゾウ(Dzo)


放牧の夜間囲い込み(猛獣よけ)地と石小屋。右奥にテント        延々と連なるチョゴルンマ氷河



 氷河が真っ黒なのは、氷河が壊れても、表面を覆っていた砂利がそのままくっついているもので、それをぬぐえば、透明な氷体が顕れる。



氷河を歩く


(↑写真をクリックすれば、氷河上からの360°パノラマ写真が見えます。)


Laila(左奥)とAkbar Gang(正面)の尖鋒


スパンティークBC到着


(↑写真をクリックすれば、BCでの360°パノラマ写真が見えます。)

 山頂から続く尾根途中のわずかな緩斜面がBC(日がかげっている尾根上で少し傾斜が緩くなっている部分)。尾根手前のおそろしい急斜面を攀じ登るとチョゴルンマ氷河が見渡せた。

上方よりBCとチョゴルンマ氷河を望む


(↑写真をクリックすれば、スパンティーク山頂からの360°パノラマ写真が見えます。)
                                    撮影者:楠さん(西遊旅行)


ワスレナグサの仲間                      ネコヤナギのような花が


イワベンケイの仲間


氷河の下流方、Bukpun W峰 から昇った満月


Cathedralの黒い岩壁と Haramosh II の白い尖峰


Aklbar Gang とチョゴルンマ氷河


BC下のBasin Gl.の末端部。左から押し出した小氷河が、本流氷河に合流。

Basin Gl.の末端部

 氷河の帰路。上写真の同心円状のただ中だが、クレバス(氷河割れ目)を避けての右往左往が大変。

クレバスを通過

氷河からの帰路でもたくさんの花が見られた。

キク科の花                             サクラソウ科の花


マメ科の花


キク科の花                             マメ科の花


水面に写る峰々


ミネズオウ(つつじ科)の仲間?                          カラコルムの蝶    ..


       キク科の花                          ヤナギラン(アカバナ科)の仲間


氷河脇のお花畑を歩く


浅紫色の花が美しい寄生植物                 ハマナスのようなバラ、背丈2m程


 氷河脇の放牧地(テントサイト)では、夕暮れのモスクでのアザーン(お祈りにいらっしゃーい)の呼びかけをしている男(イマーム:導師)が。
 アザーンの呼びかけとは、例えば、http://youtu.be/lexozZp9ZBU 素晴らしく音楽的な。

  アザーンの呼びかけ                       スパンティークの黎明

 氷河を降りるとともに、スパンティークは、次第に遠ざかって。

遠ざかるスパンティーク





アランドゥ村

 帰路のアランドゥ村では興味津々の若い女性たちが。石垣の向こうから顔を覗かせた女性と目が合って、キャー、ハハハ・・・

帰路のアランドゥ村の若い女性たち



帰路のスカルドゥ

 市街のすぐ北にある、かつての藩王国時代の「カルポチョ古城」へ登った。

途上から見たスカルドゥの盆地            カルポチョ古城


カルポチョ古城





 古城の北側城壁から見たインダス河。この辺りでは、川は悠然と流れる。中央の岩山の先が沙漠で、更に左へ峠を越えれば、スパンティークやK2への道

悠然と流れるインダス川


スカルドゥの市街地




 スカルドゥからイスラマバードへの帰路は、行きの幸運とは逆に、空港待合室で待っているうちに、快晴なのに、「天候不良で今日は飛びません。」
 飛行機は、7〜8000m峰の間のインダス河谷を有視界飛行なので、途中の山間部に雲があると飛べません。このような眩しい快晴のもとを、恨めしい思いで2日間をかけて首都へ。

帰路、スカルドゥからイスラマバードまでの約800kmは車で (↑クリックで周辺地図を表示)

 この湖水状は、太古の昔の大地辷りでインダスが塞止められたもの。埋積が進んでいるので、夏も後半以降の渇水期になると、広大な河原になる。

インダス川、夏の渇水期には広大な河原となる


インダス川の狭隘地帯

 かつて武装強盗が出た辺りでは、外国人警護のために至るところ警官が。三大山脈ジャンクション碑もあった。前方がインダス川へのギルギット川合流点。三大山脈とは、碑の右がヒマラヤ、左がヒンズークシュ。左前方に見える合流点の先がカラコルム。

外国人警護のための警官                 三大山脈ジャンクション碑


 陸路での中間地点のチラスに近づくと、道沿いの集落にはいろんな商店も。

道沿いの集落にある商店

 ガイドさんの説明:「カラコルムハイウエイでは事故は日常のこと。運が悪ければ、200〜300m下へ落ちて全員即死。」

カラコルムハイウェイの事故現場

 かつて、ウワサでしかなかったインダス本流でのダム計画は、着実に進んでいて、ここがダムゲート位置。この辺りでは、車を止めて見ていると、いつの間にか背後には、カラシニコフを携えた外国人警備の警官が。

インダス本流ダム計画地                     外国人警備の警官

 この辺り各所には、仏教伝来の頃の岩絵が。 小生:「大勢の中国僧が行き交った道なのに、何故、何処を見ても、漢字が刻まれていないのか?」
  ガイドAliさん:「彼らは、インドで学んだサンスクリットなどを、後生への誇りを以て岩に刻んだのではないか?」

仏教伝来の頃の岩絵

 昔はなかった野生動物保護の表示の先には、随所で、3000〜4000mの高所に繁茂する大針葉樹を伐採し、鉄砲流しで降ろした巨木の集積が。
  鉄砲流しとは、日本でもあったが、山間渓流に大量の伐採木を組んだダムを造って、雪解け水とともに一気に決壊させて流すもの。便利だが川が大荒れ。

   野生動物保護の表示                    鉄砲流しで降ろした巨木の集積

 行き交うのは満載のデコトラ。これでも、フンザ上流での崩壊湛水で、中国との交易量が激減の由。今は船渡しで、トンネル計画中。

デコトラ

 カラコルムハイウエイは拡幅・延伸されて、アラビア海(インド洋)沿岸に中国が建設中のグワダール港に、いずれ繋がるらしい。
 青い3つの道路標識の右の Peshaear/白沙瓦は、更に進めばアフガニスタンからイランへ続く、かつてのアジアハイウエイ(今も?)の結節点。不思議なことに、国語ウルドゥ語の表記はありません。自国民には周知の故か?

   道路標識                             ガソリンスタンドの看板


 新しく水力発電所が出来たベシャムの先、道路開通時からある里程表示碑。間もなくハイウェイが終わる地点。道標左には「スカルドゥ523km、北京へ5524km」など。右には「イスラマバードへ259km、カラチへ1825km」など

道路開通時からある里程表示碑

 この先、タコートの巨大な橋でインダス川を渡った先でハイウェイは終わり、川筋から離れて、一般道で、1700m程の峠越えへ。

↑クリックで周辺地図

 峠を越えれば、もう沙漠とは分かれて、パンジャブの大平原へ続く緑豊かな水田地帯。

水田地帯が始まる

 首都圏に近づくにつれて街を通り過ぎることが多くなって、これは、マンセーラの街での休憩。




 首都イスラマバードへ戻った翌日、帰国便は深夜なので、午前中に世界遺産のロータス古城へ。

ロータス城




首都イスラマバード

首都の住宅地。 商店や広場も混在するゆったりした街。山上から見たと同様に、緑も豊かな。

↑クリックするとイスラマバード周辺図が表示されます。



首都の商店や広場も混在する住宅地


スーパーマーケットで、商品は豊富



出国


イスラマバードの空港


 全行程でお世話になった、ガイドの Rhemat Ali さん。携えている楽器はラバーブ。

                   ガイドの Rhemat Ali さん  http://www.saiyah.com.pk/our-team/