節子の山行き
日本百名山を終えて

 x座標(横軸)に年齢をとり、y座標(縦軸)に「山の標高×回数」のようなスカラ−(数値化できるが単位は決められない)をとった場合…私は数学の非常勤講師ですから、このように恰好をつけて表現する(したつもり)と、どんなグラフを描くでしょう。 
 
羅臼岳

 高い座標点でプッツンしたのが植村直巳他のクライマ−。どこで中断するか、どこから負の傾きに、どの程度の傾斜で、それをどの座標点で、どれだけの定義域の間…。
 
四阿山

 うちの学校の生徒ならとっくに寝てしまうような表現です。でもOB会員の場合、それだけの教養はありますから、この表現にこめたユ−モア、悩んだところで人間の行動パタ−ンなど類型化ができる程度とか、意図する所はご理解頂けるでしょう。
 
赤岳

 このグラフの背景となるいろいろなファクタ−があります。そうせざるをえなかったケ−スや、結果的にそうなったケ−スが圧倒的に多いことでしょう。つまり一般人には、この(x、y)グラフに表せない方が主体です。しょせん、「山は遊び」なのです。
 
平ヶ岳

 もしこの(x、y)グラフを主体に生きた場合、植村直巳の生きた時代背景と彼の栄光を考慮したら、高い座標点でプッツン以外に選択があったのか?わざわざ死にたい人はいないでしょうけれど、彼にx軸の右のグラフがどう描けたのかは疑問です。
 
北岳

 というか、「楽は下にあり」です。一般人は山遊びを楽しんで、どこかで山離れをして、「いい思い出」だけで生きればいいです。人生は他にいっぱい難題も雑事も抱えるものですから、「山の恵み」だけを享受すればよいのです。
 
富士山

 「どの山が一番印象に残った?」
 「自分にはとても無理。5山、あるいは10山選び出すならどこですか?その数なら行けそうだから」
とか、
 「次は200名山、300名山を狙うの?」
とか、その反対に
 「百名山済んだからといって、あっくりこないでね」
とか。祝って頂いたり、気に掛けて頂いたり、ありがとうございました。
 
幌尻岳

 一方 「え、もう96山も登ったんですか」「ハイ。狙ってたわけじゃないですけど、ふと数えてみたら70山を越してて、それならいっそやってしまおうかと」(たいてい、動機をそのように答えてきました。)「そうだよね。百名山を最初からギラギラなんて奴は嫌だな。」(ほとんど、そのような返事をもらいました。)「で、最後の締めはどこですか」「空木岳の予定です」「それって、どこにあるんですか」(おぬし、その程度か!と思いつつ)「中央アルプスです。木曽駒の南にあります」「なんで、そこにしたんですか」「最後の15山くらいになったら、結局行きにくい所ばかりがバラバラと残りました。自分で行ける山、ツア−でなければ行けない山を、ツア−優先でうめていったら、そうなりました。それに木曽殿山荘は特別に祝ってくれるという噂ですから」
 
木曽駒ヶ岳

 ちょっとおまけで、「うつぎ」というのは、私が舟田の名になる前に住んでいた打木町(うつぎ)と同じで、それもノリとしてはいいなと考えていました。
 結果は好天に恵まれ、ワンゲルOB会(奥名さん制作)とナカオ山岳会の横断幕を広げて記念写真をとり、ツア−メンバ−にも、木曽殿山荘でも祝って頂いて、幸せな完登とすることができました。
 
空木岳

 その時には私はまだこの後新聞種として持ち込むことや、その記事を添付して山渓に個人契約の件を確認することまでを予定していました。そんな仕掛けを胸にしながら、「終わりよければ、すべてよし」の通りで、みんなに祝ってもらえる完登を本当に有り難いと思いました。
 
鳥海山

 少し秋めいた空が青く澄んで、周囲には思い出をまとうことになった山々がくっきり見えていました。ふるさと白山が御岳の左に広がっていたことも、山の恵み以外の何物でもなかったです。
 
五竜岳

 こんなに美しい所に、なんで人は妄執を持ち込むのか?それに憑かれて、何でこちらまで義理やら意地やらを引きずって登ることになるのか?
 青臭いことですが、自分は筋を通し、仲間のために時間を使い、新聞社やテレビ局にも出掛け、各公機関の窓口で「どうすれば、後援がとれるんですか?」と食い下がり、会を支えたつもりです。
 
聖岳

 お天気なんて運任せ、たまたまのジェット気流の都合です。でも山の神様のご褒美みたいに思えたのが、私の能天気なところです。山は人間のゴタゴタを超越しています。
 
後方羊蹄山

 だから、
 「どの山が一番印象に残った?」

 「自分にはとても無理。5山、あるいは10山選び出すならどこですか?」

には答えかねます。どの百名山も素晴らしいですよ。さらに順位をつけようなんて発想を山にもちこまないで、行ける山を楽しんで下さい。
 
塩見岳

 「次は200名山、300名山を狙うの?」

も、う〜ん、この方の山の価値観がそういうあたりなのか…。数を追えば、犠牲にするものが多くなります。100名山を巡れば、ひとまず日本の山基準は手にできたといえます。山で食べていくならともかく、普通は遊びのレベルで関わることです。残り時間や体力を考えて、執念が先立つような目標は掲げない方がいいんじゃないですか。老いるほど、妄執はろくなことがない。「潔く飄々とした老後」を目標にして、ちょうどぐらいじゃないでしょうか。
 
飯豊山

 「百名山が済んだからといって、あっくりこないでね」

には最後は毎週登山状態になって、傍目にはそんな心配を頂くほどだったかもしれません。ただ百名山は、それなりに標高が高く狙える時期が限られてしまいます。公共アクセスがその時期しかない。真夏なら温かい雨も、晩夏にはもう冷たい雨に変わります。体調を常にハイレベルにとなると、定例状態にした方が有利です。また私も仕事現役ですから懸念なく縦走日をとれるのは夏休みの間だけでした。気合いなしでは到底仕上がりません。
 
十勝岳

 週末にしか帰らない夫に、毎週消えている妻。夫には「どうかお願いします」とラブレタ−を書き、北アの場合はアッシ−をやってもらいました。末子もゴミの日を私より気付くくらい主夫に適応しました。私はネパ−ルヒマラヤへ一カ月出奔の前科持ちですから、国内ならまだましといった解釈だったかもしれません。
 
水晶岳

 後で私の登り先を、夫がインタ−ネットで全部検索していたことを知りました。心配だったり興味があったりしたんでしょうね。これで私はもう頭があがらず、夫は我が家の畳の上で「あなたと一緒の人生でよかった」と妻の感謝の言葉を聞きながら安らかに往生できる見込みです。(何の話じゃ?!)
 
至仏山

 気付けば、塾仕事のプレッシャ−をばねにカラパタ−ルの丘をめざしていたり、会の分裂騒動を種に日本百名山を完登したりしています。
 常識的には諦めていたり、潰されていたりの方だと思います。結局、何があろうとどんな状況にいようと、山へのエネルギ−に、したたかに変換している自分に気付きます。周りがどうであろうと、自分は自分の山の(x、y)を堅持していた…そういうことになります。
 
高妻山

 これから衰えたり、悲しいことがあっても、自分は山に足をむけるだろうと予想します。値域のyはどこにあってもいい、グラフを伸ばし続けていくことが私の選択です。
 
槍ヶ岳と穂高岳                               百名山達成記念

 百名山を回ったら、山ガ−ルを多数見かけました。新宿の山ツア−バス乗り場にも若者がたむろしていました。隣同士にいながらそれぞれが携帯をピコピコという薄ら寒いつきあいから、一緒に汗を流し会話を楽しみ感動する山へと、仲間の実感を得て、若者の足は山に向き始めているようです。妄執を引きずりがちな既存の会への入会を勧めるのではなく、安心して山へ行ける機会を作ってあげられたらと思います。会のためではなく、山を生涯の遊びとできるように、誰かの(x、y)をお節介できたらいいですね。

白山





この素晴らしい風呂敷(タピストリー)をとくとご覧下さい。 感激あらたです。
秋に学生時代の同期の山仲間が能登に集まった折にいただいたものです。